岩戸山古墳

以前、八女市にある「岩戸山古墳文化交流館 いわいの郷」の記事を書いていましたが、今回、古墳おじさんが向かうところは、そのすぐ近くにある、筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)が自分の墓の為に造られたと言われる?もしくは埋葬されてるかもしれない「岩戸山古墳」です。

 

場所は、こちら↓でご確認ください

岩戸山古墳

入口から先に広がる未知なる光景にわくわくドキドキが止まりません。

 

階段を上がって道なりに進んで行くと大きな広場が現れます。このスペースは『別区』と呼ばれ、奥の方には石人・石馬が並んでいるのが見えますが、これはレプリカで、本物は「岩戸山古墳文化交流館 いわいの郷」に展示されています。

岩戸山古墳

岩戸山古墳

別区の西側に国指定史跡・八女古墳群『岩戸山古墳』があります。

岩戸山古墳

岩戸山古墳

別区から岩戸山古墳を見てみますが、ただの森にしか見えません.....こんな時こそドローンが欲しい!

 

岩戸山古墳は前方後円墳で、ちょうど写真↓は丸くなってる後円部あたりです。

岩戸山古墳

岩戸山古墳後円部

古墳周りには周濠があり、別区より岩戸山古墳後円部の方を見て左周り(南側方向)と右周り(北側周り)に古墳を周ることができます。

 

後円部より右周り(北側)に約170メートルくらい進んで行くと古墳前方部あたりとなります。

岩戸山古墳

岩戸山古墳

岩戸山古墳前方部

ここもやっぱりただの森にしか見えません.....しかし、古墳の大きさや神聖な雰囲気を肌で感じることができます。

 

さらに右周りに進んで行くと、前方部と後円部のくびれ辺りに吉田大神宮が鎮座しています。

岩戸山古墳

岩戸山古墳

【吉田大神宮】ご祭神 天照大神 菅原道真

 

写真はありませんが、境内の祇園社には鎌倉時代に造られた八女市指定有形文化財の『木造阿弥陀如来坐像』が祀られています。

 

元吉田区氏神の老松天満宮の本尊で、大正14年(1925)同天満宮が大神宮に合祀された際に移されました。さらに、八女市指定有形文化財の『石造猿田彦塔』もあります。塔に刻まれた元禄13年(1700)の銘は、福岡県下の猿田彦塔としては、最古例に属します。

 

古墳内部へ入らせていただく事を参拝報告して、吉田大神宮の隣にある鳥居から古墳前方部へと進んで行きます。

岩戸山古墳

前方部にも神社がありますが、なぜここに建てられたのかは解っていません。

岩戸山古墳

そこから、後円部の方へと進むことができますので行ってみます。

岩戸山古墳

石段を登ると後円部で、その上は旧吉田大神宮跡地です。

 

大神宮跡地の下、後円部の発掘はされていないので、この地に誰か埋葬されているのかさえ解っていません。

 

この地域に住む人々が、筑紫君磐井を神とたたえ社殿を建て、それが時と共に天照大神に変わっていったのか?その答えがわからない所に歴史のロマンがあります。

 

ただ、解かっていることは『日本で4番目に大きいこの岩戸山古墳を作らせたのは筑紫君磐井で、その筑紫君一族は九州独立を目指しヤマト王権と戦った郷土の英雄』だったこと。

 

成し遂げれなかった意志は、息子の葛子(くずこ)や他の息子たちへと引き継がれて行くこととなり、現在の乗場古墳・善蔵塚古墳・鶴見山古墳・童男山古墳(どうなんざんこふん)と続いていきます。

 

これからも、筑後いこいではご紹介できてない八女古墳群を調べていこうと思います。

 

本日は、九州最大級の前方後円墳『岩戸山古墳』のご紹介でした。

岩戸山古墳

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岩戸山古墳

  • 【住所】
    〒834-0006 八女市吉田1396-1
  • 【問合せ】
    岩戸山歴史文化交流館『いわいの郷』
    TEL 0943-24-3200

岩戸山古墳4号(下茶屋古墳)

岩戸山古墳前方部より浅い谷をへだてた西側150mの所にあり、墳丘の一部を削平されている。昭和61年(1986)の調査によって、高さは不明ではあるが直径30m程の円墳と判明した。石室は全長7.5mでほぼ南に入り口がある。石室内は前室、中室、玄室と3室ある。特異な構造の横穴式石室で、全体に結晶片岩(けっしょうへんがん)の1枚石を用いて箱型に組み合わせてつくらている。遺物は出土していないが、石室等の構造より7世紀半期に築造されたものと思われ、八女古墳群における最も新しい時期の大型古墳である。

岩戸山古墳

岩戸山古墳

  • 〒834-0006 八女市吉田1380

 

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