筑後市を代表する神社と言えば『水田天満宮・恋木神社』

 

実は、筑後いこいの「いこい」も恋木神社の〝こい″にあやかっています。なので、筑後いこいの初投稿は水田天満宮の初詣記事なのです。

 

これまで何度か恋木神社のイベント情報など記事にしてきましたが、神社の歴史などについてはこれまで触れたことはありませんでした。

 

という事で今回は、水田天満宮の全面協力を得て、2回に渡って同社の歴史と多数の文化財をレポートしたいと思います!

 

場所は、筑後市水田62-1、こちら↓をご覧ください。

駐車場は、南側の入口にある朱赤の第一の鳥居から入ると境内にあります(ほかにも東門駐車場・北側駐車場あり)。

天満宮正面にある「石造鳥居」は県指定有形文化財とされています。

 

江戸時代の慶長19年(1614年)、筑後国2代国主田中吉政が花宗川の完成の年に奉納したものとされていますが、三男忠政の銘があります。

 

元々は肥前型鳥居ですが、安永7年(1778年)の修理の際、明神型の笠石に変えられています。

明神型鳥居(県指定有形文化財・建造物)

太鼓橋を渡り参道を真っ直ぐ進むと、立派な楼門が現れてきます。8月には楼門の上にアマビエ様が飾られていましたが、神馬銅像後ろに移っていました。

水田天満宮の御祭神「菅原道真公」とは

学問の神様と知られてる天満宮の名が付く神社は、全て菅原道真を御祭神としています。

菅原道真を祀る神社は、天満宮・天神社・菅原神社・老松神社・梅が枝神社などと呼ばれ、その数全国約1万2千社になると言われています。

平安時代、承和12年(845年)、代々続く学問の家系に生まれ、幼い頃から漢学の教育を受け育ち、18歳には秀才と言われていました。

33歳には現在で言う、漢文学・中国史の大学教授のような地位にあたる文章博士(もんじょうはかせ)となり、宇多天皇に重用され政治家に出世し、その後を歩んで行きます。

ついには右大臣にまで昇りつめ、当時左大臣である藤原時平や貴族などに嫉妬され計略に合い、大宰府の役人に任命し九州の地へと左遷されます。

そしてその二年後、903年に病にかかり亡くなりました(享年59歳)

その後、都では疫病や落雷などの異変が次々と起こり「これは道真の祟りではないのか」と噂になり、これらの災いに恐れた醍醐天皇は923年道真を元の右大臣の位に戻し、大宰府への左遷を取り消します。

しかし、その後も災いが続くため、942年、都にある右近の馬場(うこんのうまば)にほこらを建て、947年、北野の地に神殿を建立、菅原道真を天満天神として祀るようになりました。(現在、京都市にある北野天満宮)

「天神」とは人々に災いを与える荒ぶる神の総称であり、「天満」とは道真の「怒りが天に満ちた」というお告げに由来するといわれてます。

北野天満宮の流れは分かりましたが、太宰府天満宮と水田天満宮の関係は??歴史はまだまだ続きます。

 

一旦こちらをどうぞ↓

楼門を過ぎ、左手にある手水舎で手を清めてから拝殿前へ。そこに行くと飛梅がありますが、太宰府天満宮の「飛梅伝説」の話がありますがここは割愛。

 

そして、その手前には臥牛があります。

臥牛さん座っております。。それは何故か?と言いますと、、

 

病にかかり亡くなった道真の遺体を牛車で運んでいたところ、牛が急に止まって動かなくなった場所が、そのまま道真の廟所となり「安楽寺」となりました。

 

その後、919年に安楽寺天満宮が建立され、大鳥居家が留守別当(管理)していました。

 

水田を中心とした栄えた水田荘(荘園)は安楽寺天満宮領で、領主の高辻家(菅原氏)の強い支配下にあり、一族の大鳥居氏などが荘官として下向しています。
※現在高辻家は太宰府天満宮の宮司にあたります。

 

水田天満宮は、鎌倉時代の嘉禄二年(1226年)、後堀川天皇の勅命により菅原為長が創建したとされており、神社としては太宰府天満宮より先だということです。

 

なお、本殿は江戸時代・寛文12(1672)年と平成7(1995)年の2回再建されています。

 

柿葺(こけらぶき)流造・正面は唐破風向拝と千鳥破風。華やかな造形を持った本殿は県指定有形文化財となっています。

水田天満宮本殿(県指定有形文化財)

本殿裏

本殿の横、東門の手前には樹齢約600年の御神木「幸福の一位の木」があります。

幸福の一位の木

この木を、左、右、左の順番で3周する事で幸運が訪れると言われていますので、祈りを込めながらゆっくりと回ってみて下さい。

 

続いて、本殿と御神木の間にある恋参道にご注目!「恋木神社」へと続く小道にはカラフルなハート♡の陶板が埋め込まれています。

 

この陶板は、筑後市水田地区の伝統工芸である「水田焼」が使用されています。

ハートの恋参道を進んで行くと、その先に現れるのが「恋木神社」です。

神社前にある鳥居には10個のハートの仕掛けがあり、全部見つけると幸せになるとのだとか。ぜひお探しください。

 

さらに、鳥居の脇にある恋結び仲取黐(もち)の木にも注目!
よく見て下さい。

一度枝分かれした木が再度引っ付いています。これも恋のパワーなのかもしれません。

恋木神社とは

全国に一社しかない〝恋命″(コイノミコト)を祀る神社です。

太宰府で生涯を終えた道真公が、都に残した妻子を最後まで案じた心を慰めようと祀られたといいます。

ちなみに、お賽銭は「5円(御縁)・25円(二重の御縁)・45円(始終御縁がある)」が良いと言われています。参考までに!

 

境内にはハートのモチーフが沢山。2月・3月と10月・11月(良縁成就祭前月・当月) は、おみくじの色が鮮やかなピンク色に変わります。

 

「恋みくじ」はハート形に結んで奉納したら可愛いですよ!結び方もありますので是非チャレンジしてみて下さい!

絵馬も人気のようで、「○○くんと幸せになりますように」とか「出逢いがありますうに」などなど、色々な恋愛に結びつくお願いが託されていました。

 

もちろん、恋命(コイノミコト)の御利益があった方々も多く、御礼参りで水田天満宮・恋木神社で挙式をされる方もいらっしゃいます。

 

2人だけの結婚式も挙げる事ができますので、挙式を考える方は社務所へお尋ね下さい。

 

ちなみに、筑後いこい編集部の2人も〝御縁″を授かり、こちらで結婚式を挙げさせて頂きました。

 

続いて、西門の方へ向かうと心字池(しんじいけ)があります。こちらには神楽舞台が組まれており、自由に舞台に上がる事ができます。

舞台から撮る写真はインスタ映え間違い無しです!また、池には鯉がいっぱい泳いでおり、餌やりを楽しむことができます。(餌は社務所にて販売)

 

そして、その近くにある社務所ではお守りやお札、ご祈願の申し込みをはじめ、3種類から選べる御朱印もあります。(時間は9:00〜17:00まで)

 

2種類いただいていますのでご紹介します。

水田天満宮の境内には、靖国神社、日吉神社、玉垂宮、若宮神社(筆の神様)など多数の末社があります。

 

その中でも、国家のために尊い命を捧げられた御霊を慰めるために祀られた東京千代田区にある靖國神社ですが、その名が付く神社は水田天満宮内にある靖国神社1社しかありません。

 

筑後市に靖国神社が建立するまでの歴史だけでも、一つの記事が書けるのではないかと思いますが、それはまた機会があれば挑戦します。

 

次回の記事では、水田天満宮に残る貴重な文化財などご紹介しますので、ぜひご覧ください!

水田天満宮・恋木神社(こいのきじんじゃ)

【住所】
〒833-0027 福岡県筑後市大字水田62-1
【社務所営業時間】
09:00〜17:00
【TEL】
0942-53-8625
【駐車場】
水田幼稚園前駐車場・東門駐車場
北側駐車場あり(無料)

 この記事の内容は2020年10月現在のものです。詳細は施設ホームページなどから最新情報をご確認ください。

 

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