石人山古墳【広川町】武装石人が守る5世紀前半の古墳

こふんピア広川、広川町古墳公園資料館で知識を学んだ古墳おじさんが向かう所は...「石人山古墳」!!

こふんピア広川の情報は、↓こちらをご覧下さい。

石人山古墳とは

5世紀前半に造られたと言われ、被葬者は定かではないのですが、筑紫君磐井の父なのか?との憶測がある、八女古墳群では最も古い古墳になります。

標高約35m前後の丘陵の一部を利用して築造され、古墳の規模は120m、前方部幅54m、円高さ6m、後円部直径約76m、円高さ12mある前方後円墳です。北側部分には造り出しが確認されてます。

前方、後円部のくびれ部分には、後円部分にある石室入り口を背にして、被葬者を守護するかのように武装石人が立っています。

石棺系の装飾古墳では九州最古と言われております。

石人山古墳へ向かうルートは、弘化谷古墳方向からと、広川町古墳公園資料館方向からの2ヶ所になります。

 

弘化谷古墳の記事も合わせご覧ください。

 

今回は資料館側から行ってみます。
まず、入口には石人山のレプリカがお出迎え。

一本道しかないので進んでみます。

奥に進むと看板が出てきました。

まさに略図ですね。
さらに奥へ奥へと進んで行くと手洗い場が出てきました。

手洗い場近くには、左右に分かれる道が現れてきますので、そこを左側に行くと石室方向です。

奥へと進むと

階段が出てきて、看板も現れます。

やっと登場しました!
石人山古墳名の由来にもなる「武装石人」が登場です!!

 

国指定重要文化財 武装石人とは

武装石人とはその名の通りで、主体部の石室の中の石棺に埋葬された被葬者を守る為に置かれた武装の石人です。
この石人は背丈約1.8mで、よろい(短甲)を身につけ、靭(ゆき)と呼ぶ矢入れを背負った武装した姿に彫刻されてます。
石人山古墳や岩戸山古墳や十連寺古墳にも、石人や石馬がたくさん立てられていて、八女丘陵を別名を人形原(ひとかたばる)と呼ばれていたそうです。

遠目で見ても顔ですな~

近くで見ると力強い武装石人なのが伝わってきます。その先に進めば主体部の入り口です。

樹木が凄いです

殺気を感じて後ろを振り向くと...!?

武装石人が見てるやーん∑(゚Д゚)
門番効果は絶大。

 

そして、ここが石人山古墳の主体部になり被葬者を石棺にて埋葬されている場所です。

新型コロナの影響で、施錠されていますが実際の石室内部はこんな感じになっています。

写真はポストカードより引用

石室内部構造は、後円部の墳丘面より約4m掘り下げて設けられた「縦穴系横口式石室」です。
長さ約3.9m ・横幅約2mで石室内には家形石棺が埋めて置かれています。内面は、赤色に塗られていたようですが現在は大半は失われています。

 

石棺は阿蘇溶結凝灰岩製の「妻入り横口式家形石棺」です。石棺には装飾文様(重圏文、直弧文)が施されています。

 

格子状になってる所から見る事ができたのですが、カーテンがかかっていて石室内は暗く、石棺の装飾文様など残念ながら確認できませんでした。

 

早くコロナも落ち着いてくれる事を願い、古代のロマンに浸りながら、石人山古墳を後にしました。

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八女古墳群「石人山古墳」

【住所】
〒834-0122 八女郡広川町大字一條1435
【駐車場】
あり

 この記事の内容は2020年7月現在のものです。詳細は施設ホームページなどから最新情報をご確認ください。
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